GCPSO−クロウ編−
〜真紅の命〜

片桐 / 著



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――――六日後にまた会おう。
 
男はそう言い残して闇の中へと消え去った。
 
彼はこの船―――恒星間移民船団パイオニア2に乗船する切っ掛けとなった男と久方ぶりに出会い、導かれるがままに戦い、そして、完全な惨敗。
 
砕かれた四肢が再生する音を聞きながら彼は闇の中に消え男の姿を思い出していた。
 
シルクのように繊細な真紅の長髪。雪のように白い肌。整った鼻梁に碧眼。
そして、真紅のヒューマースーツに身を包んだ男。
 
遙か昔、彼が少年だった頃に兄と呼んで慕っていた男。
幼い彼に命の儚さと脆さをこの世で最も残酷な方法で教えてくれた人物だった。
 
男の名はティアマット。
数少ない純血の竜族にして人外の異生命体《ナイトウォーカー》の中でも特級クラスの実力を持つ有力な男である。
 
彼は孤児だった自分を拾ってくれた義父を、優しく強かった義兄を、乱暴だが誰よりも自分を愛してくれた義姉を、余所者である自分を優しく迎え入れてくれた一族の者達を皆殺しにしたティアマットを長年追い続けていた。

そして、悠久とも思える二千年の月日が過ぎ去った。
 
四肢を再生し終えた彼はゆっくりと立ち上がる。
小雨の降る雨雲を見上げながら彼はティアマットの名を叫んだ。




――――瞬く間に五日が経過した。
 
たった六日でティアマットを越える力は手に入らない。
そのことを十二分に理解していた彼はロビーの仲間達に気取られないように五日間かけて秘かに身辺整理を行った。
 
明日はティアマットティアマットと決着をつける日。
 
彼は最後にある場所を訪れた。
 
膨大な魔力と意志力によって空間がねじ曲げられ異質に固定された空間。
 
そこはパイオニア2でも極々一部の者しか立ち入ることが出来ない聖域とも言える場所だった。
永遠に落ちることのない夕日が鮮やかに彼の顔を照らしている。
 
ここは一部の有力な《ナイトウォーカー》と特殊な人間しか埋葬されない墓地であった。
 
地平線の先まで等間隔で墓石が並んでいた。
 
彼は無数にある墓の中から、とある墓の前で立ち止まる。
 
アイテムボックスから花束を喚び出すと、そっと墓前に供えた。
 
黒い尖塔型の墓石には『イリア=パワー享年二十五歳』と刻まれている。

「・・・・・イリアさん」
 
彼は優しい眼差しで墓石を見つめながら静かに口を開いた。

「兄さんに会ったよ。私は、あの人を追って、この船に乗船して、貴方と出会って、貴方を愛して、貴方を失った。そして・・・・・・・」
 
彼は不意に自分を護るために自害し果てた彼女の最後の笑みを思い出した。

「貴方を失って絶望した私は自滅の道を選んで・・・・しかし、私はあの人達と出逢った」
 
彼の脳裏に天真爛漫に微笑む一人の少女の姿が浮かんだ。

「私は護りたい。私に生きる力を与えてくれたあの人達を・・・・・彼女を・・・・皆が過ごす世界を・・・・私は護りたい・・・・・失いたくない・・・・・」
 
小さく彼は「ですから」と呟いた。

「安っぽい正義感や使命感ではなく・・・私は・・・・明日、兄と戦います。この地に眠る悪の波動存在と融合しようと画策する兄と・・・・・命を賭して彼女達を護りたい」
 
彼は悲壮な笑みを浮かべた。
 
背後から感じた人の気配に彼は慌てて振り返る。
そして、驚きの表情を浮かべた。

「メイファさん」
 
彼に生きる力を与えてくれたレイマールの少女が立っていた。

「ゴメンナサイ・・・・・デュオさん」
 
メイファは目の前の彼―――デュオの顔を申し訳なさそうに見上げながら呟いた。

「最近・・・・デュオさんの様子が不自然だったから・・・・つい・・・・・」
 
デュオはメイファに、この墓地へは絶対来るな、と何度も忠告していた。
 
この場所には他人に見せたくない弱い自分がいる。それを見られるのが嫌だった。
 
メイファに尾行されていたことに気が付かなかった自分に気付いたデュオは自虐的な微笑みを浮かべる。そこまで自分が精神的に追い詰められているとは思わなかった。

「ここがイリアさんのお墓?」
「そうです」
「・・・・・・」
 
メイファはイリアの存在は詳しく知らなかった。
知っているのはデュオの元婚約者でデュオが最も深く愛していた女性であるということだけだった。

「デュオさん。
今でも・・・・・・・・イリアさんのこと好き?」
 
卑怯な質問なのは分かっていた。
しかし、聞かずにはいられない。
 
メイファにとってデュオは既に自らの命よりも重い存在になっていた。デュオに否定されることはメイファにとって死と同義なのである。

「確かに、私の心の中にはイリアさんがいます。ですが、今、私の心を占めるのは・・・・貴方だけですよ・・・・・」
「デュオさん・・・・」
「貴方には全てをお話すべきでしたね・・・・」
 
デュオは十数時間後に命を賭して戦わなければいけない相手がいることを、そして、その相手―――ティアマットと自分の因縁をメイファに話した。
 
メイファは少なからずショックを受けていたが、しばらくしてデュオの両頬を両手で軽く同時にビンタすると、そのままデュオの顔を自分の顔へと近づける。

「デュオさんは昔から一人で何でも抱えすぎるよ!?」
 
目の前で微笑むメイファの顔を見ながらデュオは「スミマセン」と呟いた。

「・・・・・よろしい」
 
メイファは今にも泣き出しそうな顔だったが気丈に振る舞った。
 
イリアの墓前に跪くと優しく呟く。

「初めまして、イリアさん。私はメイファって言います。私がデュオさんを護ってみせますからイリアさんは天から私達を見守って下さい、ね」
 
メイファはしばらく祈ると、おもむろに立ち上がった。

「帰ろう、デュオさん。明日のために精をつけなくっちゃ♪」
「メイファさん・・・・・」
 
その微笑みを見るだけでデュオは心が満たされた。

(イリアさん、私は・・・・・護るべき者・・・場所・・・・時を・・・・見つけてしまったようです。これで悔いはない。この笑みのために私は命を賭けられる)
 
先を歩くメイファの後ろ姿を見つめながらデュオは微笑んだ。
 
命を賭して護るべき価値のある存在がある。
そこには、古から生きる吸血鬼のデュオではなく、ヒューマーのデュオでもなく、愛する者を護ろうとする一人の男としての覚悟を背負った顔をしたデュオがいた。
 
――――そして、当日。
 
二人はラボへと通じる転送ゲートの前へと来ていた。
ティアマットが指定してきた場所へ行くにはラボ内部に設置されているガル・ダ・バル島への直通転送ゲートが最も手っ取り早い近道だった。

「いってらっしゃい、デュオさんっ♪」
 
メイファは満面の笑みを浮かべた。

「はい」
 
これが今生の別れになるかも知れなかった。
デュオは名残惜しそうに何時までもメイファの顔を見つめ続ける。しかし、時は残酷に二人に別れを告げた。

「では、私は行きますね」
 
別れを告げる時報を聞きながらデュオは優しく微笑むとメイファに背を向けた。

「デュオさん!」
 
振り向かずに歩くデュオの名をメイファは叫んだ。

「勝ってね!」
 
一瞬歩みを止めたデュオだったが、メイファの言葉に応えることなく転送ゲートの向こうへと消え去った。
 
見送りを終えたメイファの瞳から涙が零れる。
顔は笑顔のままなのに、大粒の涙が両眼から溢れ、滴となって頬を伝った。

「あれっ!?変だなっ!?
絶対に泣かないって、今朝、決めたのに・・・・・・・」
 
メイファは流れ落ちる涙を見て、驚きの表情を浮かべた。
 
止め留めもなく涙が溢れる。
 
死なないで、とメイファは言えなかった。
デュオの覚悟を知っていたから、デュオの自分に対する気遣いを知っていたから、言えなかった。言えるはずもなかった。

「―――――っ!!」
 
その場に座り込んでメイファは大泣きに泣いた。
メイファの少女らしい甲高い泣き声が周囲に響く。
 
今まで抑え込んできた涙が、感情が、想いが溢れてくる。
抑え込められない。抑え込める気もなかった。

「絶対、必ず、生きて、帰って来てっ!!」
 
メイファは叫んだ。
 
必ず帰ってくる、とメイファは心の中で何度も何度も叫び続けるのであった。





降り注ぐ猛雨の中でデュオはティアマットの姿を認めた。
 
ガル・ダ・バル島断崖エリア。
ここ一帯を支配するガルグリフォンの根城。
 
その支配者はデュオの目の前で無惨に四肢を引き裂かれた姿で横たわっていた。

「退屈しのぎにはなったな」
 
ティアマットはゆっくりとデュオに歩み寄った。
 
二人は数メートルの距離にまで歩み寄った所で立ち止まる。

「貴方に訊きたい。何故、融合を果たそうとする?」
「全ての命を一つにするためだ。俺はお前を殺し、お前の魔力を吸収することで、この地の深き場所で眠る純然たる悪の波動存在を融合する。そして、俺は宇宙と一つとなり、神となるのだ。全ての命が一つとなれば、餓えも、争いも、死もない真の平和が訪れる」
 
ティアマットの言葉にデュオは無表情で応えた。

「哀しいですね・・・・・」
 
デュオの身体から殺気が膨れ上がった。

「この場でお前との因縁を断たせてもらうぞ、デュオ!」
「それは、こちらの台詞ですよ」
 
二人はほぼ同時に疾駆。
 
デュオは目の前に迫るティアマット目掛けて右拳を突き出す。
 
対するティアマットは風を斬り裂きながら迫るデュオの右拳を左側へと身体を捻って回避すると同時にカウンターの左手刀を振り上げた。

「甘いですね!」
 
狙いが突き出された右腕だと判断したデュオは、右腕をそのままブイの字に折り曲げると、振り上げられる左手刀目掛けて右肘を打ち下ろした。

「チッ!」
 
カウンターの左手刀がデュオの右肘打ちによって弾かれたティアマットは舌打ちした。
 
デュオは一時の間も置くことなくその場で左回転すると右上段蹴りを放つ。
 
ティアマットの頭部目掛けて振り上げられるデュオの右上段蹴りの衝撃余波によって地面に斬線が刻まれた。

「くっ!」
 
デュオは顔をしかめた。
 
頭部目掛けて振り上げられた右足をティアマットは平然と右手で受け止める。デュオはティアマットの超人的な動体視力を忘れていた。

「強くなったな、デュオ」
「貴方のお陰ですよっ!!」
 
デュオは右足を下ろすと同時に右腕を後ろへと引いた。
 
右前腕部が漆黒の光に包まれる。
 
デュオは間髪置かずに右腕を突き出した。

「エボニーブラストッ!!」
 
圧倒的な拳圧が生み出す衝撃波とデュオが自らの魔力によって生成した高純度の暗黒物質であるダークマターの散弾によってティアマットの身体は吹き飛ぶはずであった。

「なるほどな。ダークマターの散弾と闇天陰流による拳圧がもたらす衝撃振動波の併せ技か。威力は申し分なさそうだが、技の発動にまで少々のタイムラグがあるようだな」
 
デュオが突き出した右拳をティアマットは平然と右手で掴んだ状態でエボニーブラストの弱点を看破すると、エボニーブラストがティアマットの右手の中で霧散した。

「これでは、真の一撃とは言えないな・・・・・・」
 
ティアマットがデュオの右拳を離すと、そのまま、右手をデュオにかざした。

「これが真の一撃だ」
 
デュオはティアマットの言葉を空中で聞いていた。
 
防御はおろか回避する暇さえない。
デュオに向けてかざされたティアマットの右手から放たれた真紅の旋風と轟音がデュオの全身を包み込んだのだった。
 
吹き飛ばされ、地面に激しく激突したデュオの身体はピクリとも動かない。
 
全身から流れ出た鮮血の海の中に、デュオはうつ伏せの状態で倒れていた。

「クリムゾンボルテクス。デュオ、真の一撃とはこういうものだ」
 
文字通り一撃で血の海に沈んだデュオは急速に意識が薄れていくのを感じていた。

(再生力を越えるダメージ・・・・・内蔵が、引き裂かれて・・・・・・・・)
 
不思議と痛みはなかった。
 
その変わりに視界が闇に包まれていく。

(これが、死ですか・・・・・何か、寒いですね・・・・・・・・・)
 
ティアマットは絶命寸前のデュオを見下ろして不敵な笑みを浮かべた。

「死を怖れるな、デュオ。遠くない未来に全ての命はこの俺と一つとなるのだからな」
 
ティアマットの穏やかな口調にデュオは心地よい声に気分になっていた。
 
闇に覆われた視界の中で一人の少女が両眼から涙を溢れさせながらこちらに向かって何かを叫んでいる。
何を言っているのかはっきりと聞き取れなかった。

「愛する者達と一つとなるのだ・・・・・・幸せだろう、デュオ」
 
デュオの指先が僅かに動いた。

(愛する者と一つに・・・・・・・)
 
目の前で泣き叫ぶ少女の声が徐々に聞こえてきた。
少女は必死な形相で「勝って」と叫んでいる。
デュオは少女が誰であるかを思い出した。

(メイファさん!!)
 
デュオの両眼が見開いた。

(兄さんをっ!あの人を止めないとっ!)
 
傷だらけの身体を奮い起こしながらデュオは完全に立ち上がった。

「致命傷を負いながらも立つとはな。余程、大切なモノ、いや、者がいるんだな」
 
息を切らしながら、デュオはティアマットを正面から見据えた。

「命は・・・他の命と寄り添って生きていくもの・・・・・全ての命を一つにした先は・・・死と消滅あるのみですよ・・・・兄さん・・・・・」
 
気を抜くと再び気を失ってしまいそうだった。

「甘ちゃんなお前らしい考え方だな。で、どうする?どうやって、俺を殺す?」
 
ティアマットは冷静にデュオの身体を見つめた。
 
満身創痍の絶命寸前。
それが、デュオに対するティアマットの感想だった。

「確かに・・・私の技は・・・あっさりと、貴方に見破られてしまいました・・・・・ですが、私は貴方を止めなければいけません。それが貴方の弟である私の役目なのですっ!!」
 
デュオは右手を天に向かって高々と上げた。
 
その姿を見てティアマットの両眼が大きく見開かれる。
如何なる時も大胆不敵に振る舞うティアマットが驚きの表情を浮かべた。

「デュオ、お前・・・・・・・・・」
「覚えていますか? 貴方が最初に私に教えてくれた技です。この技を放てば、貴方と私、
どちらかの死しか残されていません。出来ることなら使いたくはありませんでした」
 
デュオの魔力が飛躍的に増幅し始めた。
 
ティアマットの予測が正しければデュオはここで死ぬ気である。
デュオが今から放とうとしている技は命そのものを賭さなければならない技であった。

「それが、お前の覚悟なんだな・・・・良いだろう、決着をつけてやる」
 
ティアマットもデュオと同じ姿勢をとった。

「降龍術、発現っ!」
 
二人の声が重なった。

「我が名はデュオ=アライブ! 我が主命に於いて命ずる! 我が魂と魔力を糧に! 現世の全てに、その深き業を刻め! 出よ、業龍っ!!」
 
増幅されたデュオの魔力が一気に昇華。
漆黒のオーラに包まれたデュオの頭上に一匹の全身が闇のように深い黒色の龍が出現した。
 
デュオの魔力によって生み出された漆黒の龍―――業龍の姿を見てティアマットは不敵に微笑む。そして、デュオの言葉に続いた。

「我が名はティアマット! 我が主命に於いて命ずる! 我が魂と魔力を糧に! 現世に生きる全ての命を亡きものとせよ! 出よ、暴龍っ!!」
 
増幅されたティアマットの魔力によって真紅の龍―――暴龍が生み出された。

「行くぞ、デュオ!これが、最後の勝負だ!」
「兄さん、これで、貴方を止めてみせる!」
 
二人は同時に右手を降ろすと後ろへと引いた。
 
二人の気が爆ぜる。二人は同時に右手を突き出した。

「神皇業龍撃っ!!」
 
業龍がティアマット目掛けて虚空を飛翔した。

「神皇暴龍撃っ!!」
 
暴龍がデュオ目掛けて虚空を飛翔した。
 
真正面からお互いの龍が激突。
 
二匹の龍の激突によって生じた、轟音、爆音、そして、圧倒的なエネルギー量を秘めた衝撃波で断崖エリア全体が鳴動した。

「ウオオオオオオオッ!!」
 
デュオとティアマットは力の渦の中心地点とも呼べる場所で互いに業龍と暴龍を介して激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。
 
戦いは最終局面へと突入するのであった。







圧倒的な圧力を全身に受けながらデュオは真正面のティアマットを睨んだ。

「ググググッ!」
 
二人は業龍と暴龍が生み出した力の渦の中心地点にいた。
 
互いに右手を相手に向け、左手で右腕を支えている。
 
漆黒の雷が雷鳴を轟かせながら縦横無尽に暴れていた。

「流石だな、デュオ。まさか、本当に業龍を喚び出すとは思わなかったぞ!!」
「兄さんが教えてくれ――――」
 
言葉の途中でデュオは吐血した。

「絶命寸前のお前には業龍は相当な負担になっているようだな!!」
 
ティアマットから押し寄せる圧力が増した。
 
圧力に耐えきれずにデュオは左膝を地面につける。
が、直ぐさま全ての体力を再び奮い起こして立ち上がった。

「兄さん、貴方を止める!」
「例えお前が俺に勝ったとしても誰もお前を誉めてくれないぞ! 人間にとってお前は狩るべき生命体! 闇に生きる化け物なのだからなっ!!」
「私は対価を求めて戦っているわけではありません。私は失いたくないだけです!」
「ならば、デュオ!お前に勝利した後で真っ先にお前が愛する者達を喰らってやろう!」
 
ティアマットの言葉を聞いた瞬間、デュオの思考は真っ白となった。

「兄さぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
 
デュオの魔力が一気に今までの倍以上に増幅した。
本来は身体の再構築用に確保していた魔力を攻撃に注いでいるのである。
 
当然、魔力で無理矢理塞いでいた傷口が一斉に開いた。
 
鮮血にまみれるデュオの姿を見て、ティアマットは不意に今まで抱いたことのない感情を抱く。
そして、その感情の正体にティアマットは否応なく気付かされた。

「俺が・・・・恐怖を??」
 
悲壮感が漂うデュオの姿にティアマットは明確な恐怖心を抱いた。

「死が怖くないのか!?アライブの名を持ちながら! 何故、簡単に命を捨てようとする? この俺でさえ!俺でさえっ!!」
 
ティアマットの狼狽した声に、鮮血で全身が真紅に染まったデュオは無言のまま慈愛に満ちた笑みをティアマットに向かって浮かべた。

「兄さん」
 
デュオの穏やかな声を掻き消すように業龍が吠えた。
 
暴龍が一瞬で縦に両断される。
 
圧倒的な加速力を得た業龍がその顎を大きく開けながらティアマットに迫った。

「デュオ――――ッ!!」
 
暴龍を噛み裂いた業龍がその顎でティアマットが噛み裂いた。
 
あまりに呆気ない、一瞬の出来事。
 
噛み裂かれたティアマットの胸から下が一瞬で漆黒の粒子に変化して虚空に消え去った。業龍と力の渦が消滅すると、周囲に静寂が訪れる。
 
デュオは倒れそうな身体と消えそうな意識と必死に戦いながら小さく呟いた。

「私だって・・・死は怖いです・・・・それでも、愛する者を、失うことに比べれば・・・・大したことではありませせんよ・・・・兄さん」
 
朦朧とした意識の中で、デュオはティアマットの意外な姿を目にした。
 
ティアマットの肉体が再構築を全く行っていないのである。
身体の再構築用魔力を消費したデュオでさえ、無意識に限界ギリギリの魔力は確保していた。

「兄さん・・・」
 
再生しないティアマットの身体を見てデュオは全てを理解した。

「そう、哀れんだ瞳で俺を見るな。お前の思っているとおりだ。俺の身体は限界なんだ」
 
負傷した身体を引きずるように歩み寄ったデュオの姿を見てティアマットは苦笑した。
 
ティアマットの顔はまるで憑き物が落ちたかのように晴れやかである。

「貴方は命を繋ぐために・・・村のみんなを殺し・・・《ナイトメア》になったのですか?」
「あの日・・・ジジィに言われたよ・・・・お前の命はもう僅かだと、な・・・・・」
 
ティアマットがまだ《ナイトウォーカー》であった頃に知り合いだった同じ竜族の医者の顔を思い出しながらティアマットは呟いた。あの一言からティアマットの全てが始まり、そして、全てが狂った。

「《ナイトウォーカー》から悪辣に進化して《ナイトメア》になるのに抵抗はなかったよ。俺は死ぬのが怖かった。命を失いたくなかった。そして、気が付いたら・・・村のみんなを・・・・」
 
デュオは何とも言えない表情を浮かべた。

「魔が差したんだろうな・・・・しかし、俺は後悔していない。俺は生き飽きるまで・・・・生きることが出来たんだからな・・・・・・」
 
ティアマットの身体が徐々に真紅の粒子に分解し始めた。

「せめて、最後は・・・・お前に討たれようと思った・・・お前に言った・・・あの目的・・・半分は冗談だ・・・まぁ、半分は本気だったんだがなぁ・・・・・・・・」
 
困惑の表情を浮かべるデュオにティアマットはしてやったりの顔を浮かべた。あどけない少年のような笑み。
ティアマット本来の笑顔だった。

「最後に・・・お前に訊きたい・・・・・・・俺が憎くないのか??」
 
ティアマットの真剣な瞳にデュオは優しく微笑んだ。
 
その顔には憎しみの欠片も残されていない。
純然たる本当の笑みだった。

「最初は憎かったです。私にとって大切な者達を殺されたんですから・・・・でも、貴方を追う内に、憎しみなんて何処かに置き忘れてしまいました」
 
デュオは苦笑した。

「兄さん。貴方も、私にとって愛すべき家族の一人なんですよ」
 
デュオの言葉にティアマットは驚きの表情を浮かべた。

「そうか・・・やはり、甘ちゃんのお前らしい、な・・・・・・・・」
 
ティアマットは満足そうに微笑みながら真紅の粒子となって散った。
 
うつむくデュオの顔を陽の光が照らす。
先ほどまでの猛雨が嘘のような蒼天の空がデュオの視界一杯に広がっていた。

「・・・・・・・・・・兄さん」
 
空を見上げながら呟くデュオの頬に一筋の滴が流れ落ちた。





 ――――数日後。
 
デュオは再びイリアの元を訊ねていた。
 
横には傷が完全に癒えていないデュオを心配するメイファが立っている。

「生き残ったよ・・・イリア」
 
デュオは来る途中で買った花束を墓前に供えた。

「ねぇ、デュオさん?」
 
横でメイファが不思議そうに訊ねてきた。

「ティアマットってヒト・・・デュオさんにとっては家族を殺した仇だったんでしょ?それなのに、何で、イリアさんと同じ墓に・・・・・・」
 
イリアの名の下に新しくティアマットの名が刻まれていた。
 
仇である者を愛する者と同じ墓に入れるデュオの心情がメイファには理解できない。
 
デュオは苦笑した。

「それでも、私の、愛する家族なんですよ」
「デュオさん・・・・・ゴメンナサイ」
 
メイファはそれ以上何も言えなかった。
言うべきではなかった。
 
しばらく墓前で冥福を祈っていた二人は祈り終えて立ち上がる。

「メイファさん。先に帰ってて下さい・・・・・」
 
デュオの言葉にメイファは無言で頷くとその場から静かに立ち去った。
 
静寂が訪れる。
デュオはポニーテールを固定している髪留めを解いた。

「せめてもの手向けです」
 
そう言うとデュオは自慢の真紅の長髪を左手刀でバッサリと切り落とした。

「兄さん、私はまだ生きます。悠久の時を越えて、また、お会いしましょう」
 
デュオは切り落とした髪を虚空に向かって放った。
 
真紅の髪が斜陽の光を美しく反射させながら彼方へと飛び去っていく光景を見続ける。
 
二人の前で泣くわけにはいかなかった。
 
再会の約束をしたからには生き続けなければいけない。
デュオに、また一つ、生きる目的が増えてしまった。
 
デュオは最後に墓標に刻まれた二つの名を愛おしげに見つめると、そのままその場を後にしようとした。




 ――――デュオ。
 


背後からティアマットが自分を呼び止める声が聞こえた。
 
慌てながら振り向くがそこには誰もいない。

「幻聴?」
 
デュオは幻聴でも嬉しかった。
 
我知らずに微笑む。
耳に入ってきたティアマットの声は間違いなく優しい兄だった頃の声だった。

「兄さん・・・・・また」
 
虚空に向かって微笑むデュオの顔は今まで以上に晴れやかであった。

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− あとがき −

以上GCPSO−クロウ編−〜真紅の命・前編&中編〜は如何でしたでしょうか?
 
お楽しみ頂けたでしょうか??
シリアス&バトルの話しなので少ししんどいですかね?
なるべく臨場感の溢れるバトルを心がけて書いたんですけどねw
残る後編も近い内に送らせていただきますので楽しみにしていて下さい。
 
それでは、ここまで読んで下さって有り難う御座いました。
 
では、次回作でw


GCPSO−クロウ編−〜真紅の命・後編〜は如何でしたでしょうか??
 
お楽しみ頂けたら幸いです。
毎度のことですが誤字脱字その他諸々のミスがありましたら申し訳ありません。
 
本作品は本来、DC版の最後の作品として書く予定だったのですが紆余曲折がありましてGC版として書き直した作品です。
本当にシリアス&バトル中心のお話になってしまいましたw
 
さて、今回はデュオの他にパイオニア2に乗船した三人の古吸血鬼の軽い自己紹介をしたいと思います。
なお、この三人につきましては、小説に出てくるかどうかは未定です。

GCPSO古吸血鬼設定

名前 アール
年齢 推定五〇〇〇歳を越えるために不明
職業 レイマー
ID ???
設定
 恒星間移民船団パイオニア2に乗船した四人の古吸血鬼の
 中でリーダー格の存在。
 寡黙で冷静沈着な性格。
 長身痩躯な体型で黒色のマスクとバイザーで顔全体を
 覆い隠し、トサカ頭の黒髪で真紅のレイマースーツを着ている。
 謎の多い人物であり、その能力の多くが謎に包まれている。
 人外の異生命体《ナイトウォーカー》達が建造した特殊随伴艦
《アビス》艦内に住んでおり、本人も《アビス》建造に深く
 関わっているらしい。

名前 キリタ
年齢 四〇〇〇歳
職業 フォニューム
ID ???
設定
 外見年齢一〇歳前後の古吸血鬼。
 基本的に明朗快活な性格をしているが、人間を完全に見下している。
 デュオの数倍の魔力を有しており、意図的に成長を止めている。
 デュオと同じパイオニア2本船内で最も治安の悪い地下街
『ジュデェッカ』内で凄腕の心霊医者として名が通っている。
 実はメイファの遺伝子疾病を治したのも彼である。
 診療内容に見合う対価(特にメセタとは限らない)さえ
 支払えばありとあらゆる診療内容に応える。
 外出する際は漆黒のフォニュームスーツに二またに大きく
 分かれた帽子を被っている。

名前 エッジ
年齢 三五〇〇歳
職業 ヒューマー
ID ???
設定
 四人の中で最も好戦的な古吸血鬼。
 がさつで乱暴で奔放な性格。
 四人の中で最も物理攻撃力が高く我流拳法を中心とした
 格闘戦を好む。
 対照的なデュオとは何故か仲が良い。
 基礎概念である物理法則を任意にねじ曲げる能力
《空識者能力》の全てを肉体強化に費やしている。
 筋肉馬鹿。
 白銀の長髪に褐色の肌に白いヒューマースーツを着ている。
 実はデュオの真向かいの家に住んでいる。

以上がデュオの他の古吸血鬼の簡単な自己紹介文です。
何時か小説に出せたら良いですw
それでは、ここまで読んで下さって有り難う御座いました。
次回作をお楽しみ下さい。

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