惑星間移民航行船団パイオニア2内でハンターを生業としているヒューマーのジャンクは行政の依頼で追いかけていた男達をやっとのことで未整備区画へと追い込んだ。
「ここまでだ。お前達が持っている特別なディスクを渡して貰おう」
ジャンクの目の前にいるのは小太りなレイマーとアフロ頭の長身痩躯なヒューマーの二人。追い詰められたにもかかわらず二人はニタニタと笑っていた。
「そいつは無理だよなぁ・・・・」
小太りなレイマーが笑った。
相づちを打ちながらアフロ頭のヒューマーも笑った。
「何が可笑しいっ!!」
ジャンクは間髪置かずに疾駆。
アイテムボックスから赤のパチルザンを喚び出すと袈裟切り然と振り下ろした。
「なっ!?」
驚きの声をあげたのはジャンクの方だった。
赤のパチルザンの真紅の穂先が消失していた。
『サモン・コール!』
二人の声が重なる。
そして、言葉に反応するかのように小太りのレイマーの周囲に七色のフォトン粒子が集束し形を成していった。
『ユーザー名ゲルログ確認。サモンディスク《スプリガン》起動』
小太りなレイマー。ゲルログのアイテムスロットから女性型機械音声が流れた。
ジャンクの目の前に現れたのは全長十数メートルはあろうかと思われる石の巨人。
『ユーザー名バシック確認。サモンディスク《パペットマスカレード》起動』
アフロ頭の長身痩躯なヒューマー。バシックの目の前にゲルログと同じ光景が展開された。そして、出現したのはジャンクと同じ等身の泥人形達だった。
その数ざっと約三十体。
「こいつ等は!?」
ジャンクは見たこともない目の前のそれらに激しく動揺した。
「こいつ等はサモンディスクが自らの能力に合わせた姿を具現化させたものさ。フォトンが集束形成して造られたこいつ等に現行のフォトン兵器は一切通用しない」
ゲルログが目の前の石巨人。
《スプリガン》を見つめながら微笑んだ。
「行け!」
ゲルログの言葉と共に《スプリガン》が疾駆。
巨体からは想像し難い速さにジャンクの防御は間に合わなかった。
「ガハッ!!」
《スプリガン》の右拳の一撃をまともに受けてジャンクは凄まじい勢いで背後の廃ビルの壁に激突。
その身体は深々とめり込んでいた。
駆け寄った泥人形達がジャンクの身体を壁から乱暴に引き抜くとそのままジャンクを二人の目の前へと乱暴に放り投げた。
「死ね。クズヒューマー」
バシックはアイテムボックスからアンシェントセイバーを喚び出すとジャンクの胸に突き刺そうと振り下ろした瞬間、一台のエアバイクが無造作に《スプリガン》に突っ込んだ。
「ジャンクさん、大丈夫ですか!?」
ゲルログとバシックの背後にいたのはジャンクと良く似た姿のヒューマーと褐色の肌が特徴的なフォマールの二人。
「デュオ、ジュエル・・・」
ジャンクの声にデュオがゆっくりと微笑んだ。
「何だ、お前達は?殺せっ、《スプリガン》!」
デュオは《スプリガン》の前蹴りを紙一重でかわすとジュエルの助けでようやく立ち上がったジャンクに一枚のディスクを投げ渡した。
「お願い、パパ。それを早くアイテムスロットに差し込んで」
愛娘に促されるままにジャンクはアイテムスロットにそのディスクを差し込んだ。
『ユーザー名ジャンク登録開始。ユーザーID・・・OK。ライセンスID・・・・OK』
「これは、まさか・・・」
聞き覚えのある女性型機械音声にジャンクの鼓動が跳ね上がった。
『ユーザー名ジャンク登録完了。サモンディスク《刃龍》起動』
ジャンクの頭上でフォトン粒子が集束形成を開始した。
「これが、刃龍っ!!」
ジャンクの頭上に現れたのは一匹の龍。
銀色の長い肢体に黒のラインの入った鋼の龍。
その額には一本の尖角が生えていた。
その姿は遙か昔に絵画で見た東洋の龍に酷似していた。
「パパ、唱えて。サモン・コールって」
傷ついた自分にレスタをかけ続けるジュエルを見てジャンクは力強く頷いた。
「サモン・コールッ!!」
ジャンクの言葉に応えるかのように《刃龍》が吼えた。
魂を根幹から揺さぶるような迫力を秘めた咆哮に《スプリガン》の動きが一瞬固まった。
《スプリガン》の一瞬の隙をついてデュオはジャンクの元へと駆け寄った。
「デュオ」
「詳しい話は後で。まずは目先の敵を叩きましょう」
いきなり無数の泥人形達がデュオとジュエルに襲いかかった。
「こいつ等は私とジュエルさんが相手します。ジャンクさんはあの巨人を頼みます」
ジャンクは頷くと《スプリガン》とゲルログの元へと走った。
「さぁ、行きますよ、ジュエルさん」
ジュエルが頷く。
『サモン・コール!』
二人の声が重なり、その周囲でフォトン粒子が集束形成を開始した。
『ユーザー名デュオ確認。サモンディスク《バシリスク》起動』
『ユーザー名ジュエル確認。サモンディスク《サイレントディーヴァ》起動』
フォトン粒子が集束形成しデュオの目の前に現れたのは真紅の瞳を持つ色白の美女。地面にまで届く銀色の長髪が妖しく宙を舞っている。
続けてジュエルの前に現れたのは両目を堅く閉じたジュエルと同年代の少女。小さな口からは小鳥の囀りのような美しい歌声が流れていた。
「お、おのれ!貴様等もサモンディスクユーザーか!? くっ、パペット共っ!!」
バシックの言葉と共に全ての泥人形達が二人に襲いかかった。
「無駄ですよ」
デュオの言葉が指し示すように泥人形達の全身が一瞬で何の脈略も無しにいきなり石化した。あまりの一瞬の出来事にバシックは呆然としてしまった。
「今ですよ。ジュエルさん」
「うんっ!レイ・フェイオッ!」
ジュエルの言葉と共に発生した膨大な火系テクニックエネルギーは石化した泥人形達のいる空間のエネルギー許容量を超えて重力崩壊を引き起こした。更に重力崩壊によって発生した膨大な運動エネルギーと熱エネルギーがそのまま石化した泥人形達に襲いかかった。
泥人形達が一瞬で蒸発した。
ガラスが砕けるような音と共にバシックのサモンディスクが音をたてて砕け散った。
「う、嘘だろ・・・・」
砕けたディスクを見ながら茫然自失となっているバシックはデュオが放った手刀の一撃によって言葉の半ばで昏倒した。
「お、おのれっ!」
バシックと彼のサモンディスクが呆気なく倒された光景を見てゲルログはじたんだを踏んだ。予想外のデュオとジュエルの出現によってかなり焦っているようだ。
「お前の相手はこの俺だ」
ジャンクが一歩前へと踏み出した。
「生意気言うなよ。クズヒューマーがっ!!」
《スプリガン》が疾駆。先程とは違い《スプリガン》の動きに目の慣れたジャンクは次々と《スプリガン》の攻撃を紙一重でかわしていった。
「ジャンクさんっ!!」
「パパッ!」
後へ跳躍しジャンクは右手を《スプリガン》に向けた。
(頼む、刃龍・・・・)
ジャンクは心の中で呟くと一言。
「刃龍っ!!」
ジャンクが声を発した瞬間、既に刃龍の姿は其処に無く《スプリガン》の遙か後方にいた。
そして、驚くべき光景が目の前で展開された。
いきなり《スプリガン》の右肩から左脇腹にかけて斜線が走った。
「う、そだろ・・・・?」
一瞬で斬り裂かれ崩れ落ちる《スプリガン》の上半身を見ながらゲルログは呻いた。
「ここまでだ」
ゲルログの直ぐ横まで来ていたジャンクはゲルログのサモンディスクが砕ける音を聞きながらゲルログの腹に自分の拳をねじ込んだ。
呻き声すらあげずにゲルログは昏倒した。
「やりましたね」
「デュオ、説明して貰おうか?」
ジャンクの鋭い視線にデュオは苦笑しながら、はい、と口を開いた。
「事件の発端はこのサモンディスクの発覚を恐れた軍部の独断専行なんです」
「どういうことだ?」
「このサモンディスクは“戦闘中フォトンブラストを常に使用可能状態にしておく”と言うコンセプトの元に造られたんです。ある男に一任されたこの計画は見事に成功し、計二十三枚のサモンディスクがこの世に誕生しました。しかし・・・」
デュオの表情が曇る。
「起動実験の際による不可解な事故死者。開発途中で行われた数多くの人体実験の事実。それらの発覚よりも、TPを異常消費することによって体現するその桁外れな破壊力を恐れた軍部は即刻サモンディスクの破壊を決定しました」
デュオの言葉にジャンクはとっさに自分のTPカウンターを見て絶句してしまった。戦う前は二百近くあったTPが今は一桁しかなかった。たったの一、二分で二百近いTPを消費したことになる。
「開発者が持ち逃げしたの」
口を開いたのはジュエルだった。
デュオの説明に驚きを隠せないジャンクに対してジュエルは冷静だった。どうやら、既にデュオから一通りの説明は受けているようだ。
「デュオさんは軍部からサモンディスクの回収もしくは破壊を依頼されているの」
「で、何で依頼されたお前がサモンディスクを持っているんだ? そして、何故、ジュエルを・・・娘を巻き込んだ!?」
ジャンクがデュオに詰め寄った。
胸ぐらを掴もうとしたが直ぐさま二人の間にジュエルが割って入った。
「私もある人から特別なディスクを回収してくれって依頼されたの・・・それで・・・偶然会ったデュオさんから事情を聞いて自分の意志で協力したの」
「ジャンクさんとジュエルさん、そして私のディスクは私と同じ一族の友人から譲り受けました。友人はその直後に何者かに消されてしまいました。私は友人のためにサモンディスクを破壊したいのです。しかし、サモンディスクユーザーはサモンディスクユーザーにしか倒せません。それでジュエルさんに協力を願ったのです」
「目には目をか・・・」
ジャンクの言葉にデュオとジュエルが頷いた。
「ジュエルさんのサモンディスク《サイレントディーヴァ》は使用者のテクニックレベルを任意に三百まで上昇させれる能力です。ある一定以上のテクニックには頭にレイの文字がつくのが特徴です」
ジュエルが頷いた。
「ジャンクさんのサイモンディスク《刃龍》は亜光速とほぼ等速で対象物及び対象者を斬り裂く能力です。シンプルな能力ですがかなり上位の強力なディスクです」
「亜光速かよ・・・」
「最後に私のサモンディスク《バシリスク》はある一定空間内のあらゆる物質を際限なく石化できる能力です。低位のディスクですがかなり汎用性がきくディスクなんです」
デュオは一呼吸置いて続けた。
「ディスクの開発者は現在この船団内を逃げ回っています。既に二十三枚ディスクはばらまかれディスクを悪用しようとしている者にも手渡っているはずです。何とか全てのディスクを破壊しなければ・・・・・」
「何か話がでかくなってきたな」
「恐らく行政府も同じような理由でジャンクさんを雇ったのでしょう。どうです?今までに破壊したディスク十五枚。そして、今回破壊した二枚に私達の持っている三枚。残り三枚のディスクの破壊を手伝ってもらえませんか?」
「パパ・・・・」
ジャンクはデュオと心配そうな顔で自分を見ているジュエルの顔を交互に見た。
「仕方ないな。これ以上、お前と娘を二人っきりにするわけにもいかないしな。報酬はたんまりとはずんで貰うからな」
ジャンクの言葉にジュエルは嬉しそうにジャンクの腕に抱きついた。
「お手柔らかに」
デュオは苦笑すると右手をジャンクに向けて差し出した。
ジャンクはデュオの右手を強く握り返した。
二人の握手を見てジュエルは満面の笑みを二人に見せた。
「良し。とりあえず前金代わりにカフェで昼飯をおごって貰うか」
ジャンクは屈託のない笑みをデュオに見せた。
引きつった笑みを浮かべるデュオの横でジュエルが嬉しそうに両手をあげてピョンピョン跳ねていた・・・・。
猛り狂う猛吹雪の中で少女は目の前の二人を睨んだ。
少女は戦いを好まない性格だったが目の前の二人は絶対人として許すことが出来なかった。だから、少女は唱えた。
「サモン・コール!」
『ユーザー名ジュエル確認。サモンディスク《サイレントディーヴァ》起動』
緑の法衣を纏った少女。
フォマールのジュエルはフォトン粒子が集束結合して出来た少女に向かって叫んだ。
「あの人達は絶対に許せない」
ジュエルの言葉に少女は力強く頷いた。
「《サイレントディーヴァ》、レイ・ゾンデッ!!」
ジュエルの両手に雷系テクニックエネルギーが集束。
目の前の二人に向かって手をかざすと同時にそこからレーザービームのような一条の閃光が放たれた。
「ハンッ、これしきの光り、吾輩が調理してくれるっ!!」
二人組の内の一人。
大柄なヒューマーは手にしている巨大な包丁を閃光に向けて振り下ろした。閃光が一瞬で粒子に変わった。
「どうだ!?吾輩のサモンディスク《アイアンシェフ》の力はっ!!森羅万象を調理できるこの力は!!」
「ダイゼン、罠よ」
大柄なヒューマー。
ダイゼンの後に立っている一人のハニュエールが叫んだ。
「何ぃ!!」
「技は使いようだってパパが言っていたわ。ラ・フォイエッ!」
レイ・ゾンデを囮にしてジュエルはダイゼンに肉迫。
至近距離で火系最大テクニックであるラ・フォイエを叩き込んだ。
猛烈な爆風によって吹き飛ばされるダイゼンを受け止めたのは大きな雪だるまだった。
「やるわね、小娘。私のサモンディスク《スノードロップ》が相手よ」
ハニュエールの言葉と共に無数の雪だるま達が降り積もった雪の中から出現した。
「やっておしまい!」
一斉に雪だるま達がジュエルに襲いかかった。
ジュエルは両手を天に向けてかざすと勢い良く息を吸い込んで叫んだ。
「レイ・バータッ!」
絶対零度の衝撃波が一斉に雪だるま達に襲いかかった。
雪だるま達は瞬時に分子クラスにまで分解されてしまった。
「甘いわ。ダイゼン!」
「おうよ。吾輩達の力を一つにすれば敵う者なしだわいっ!!」
更に勢いを増した吹雪に向かってダイゼンは《アイアンシェフ》を振り下ろした。《アイアンシェフ》が雪を斬り裂く度に雪は一つに固まり、ジュエルが気が付いた時には無数の氷槍が出来上がっていた。
「行けいぃ!吾輩とクリオラの合体攻撃じゃい」
無数の氷槍がジュエルに襲いかかった。
「レイ・バータじゃ間に合わない。ならっ!」
ジュエルの眼前にまで氷槍が迫ってきた。
「レイ・フォイエッ!」
火系テクニックエネルギーを過剰に送り込まれた空間は重力崩壊を引き起こし、その際、発生した膨大な運動エネルギーと熱エネルギーが氷槍に襲いかかった。
無数にあった氷槍の全てが瞬時に蒸発した。
「やったぁ!」
ジュエルの喜びの声は直ぐさま轟音によって掻き消された。
いつの間にか接近していたダイゼンの唸りをあげる拳がジュエルの腹に突き刺さった。
吹き飛ばされ激しく地面に激突したジュエルだが降り積もった雪が幸いにもクッションの役割を果たし衝突の衝撃のほとんどを吸収してくれていた。
「さっきのマネをさせてもらったわ。降参しなさい。
フォトンを含んだ雪を自由に操作できるこの《スノードロップ》とそれを効率よく調理加工してくれる《アイアンシェフ》の二重攻撃に敵う者などいないわ」
白髪に白い服を着た色白のハニュエールのクリオラは薄く微笑んだ。
事の発端はつい数十分前にまで遡る。
何時ものように惑星間移民航行船団パイオニア2に付き従う第六随伴艦内の第七ブロック五階層の一角に開かれている一軒のカフェ『カフェ675』に入ったジュエルは激しい二日酔いで苦しんでいる先客のデュオのためにマスターから厨房を借りて特製スタミナドリンクを作った。
引きつった笑みを浮かべながら差し出された特製ドリンクを一気に飲み干したデュオはそのまま白目を剥いて倒れてしまった。
倒れたデュオを介抱しようと席を立ち上がった瞬間、カフェの外から見える景色が一変した。
いきなり降り始めた猛吹雪によって数分で第七ブロックは雪国と化した。
尋常なことではない。
ジュエルはデュオの介抱をマスターに頼むとカフェを出た。
明らかにサモンディスクユーザーがディスクを起動したに違いなかった。
吹雪の中心地点だと思われる場所にいたのがダイゼンとクリオラだった。
二人の元に駆け寄ったジュエルは直ぐさま、こんなことは止めて下さい、と口を開いた。
ジュエルの言葉に二人は苦笑した。
それは無理よ、とクリオラが口を開いた。
そして、二人は駆け付けてきた軍警察の警官達を《スノードロップ》の能力で雪だるまに変えた上にダイゼンが《アイアンシェフ》で雪だるまを直ぐさまトリフルイドに変え二人でそれを食した。
その光景を見たジュエルは説得するのを諦めた。
ここで倒さなくてはいけない敵だと認識した。
「どうした?さっきまでの威勢はここまでか!?」
ダイゼンの言葉をジュエルは無視した。
戦闘に入る直前一つのメールがジュエル宛てに届いていた。
差出人はジュエルの父親でデュオと良く似た姿のヒューマーのジャンクだった。
内容は簡単だった。
第七ブロックへ行く転送装置が壊れてしまったためにそちらへ
は迂回路を経由して向かっているとのことだった。
ジュエルはメールの内容を反芻すると頭を激しく横に振った。
今は目の前の現実に集中しなければならなかった。
ジュエルはひとまず父親と気を失ったデュオのことは忘れることにした。
「ねぇ、貴方は何のためにサモンディスクを使うの?」
クリオラの意外すぎる穏やかな口調に驚いてしまいジュエルは即答できなかった。
「サモンディスクは人々の欲望を体現するために造られたディスクよ。貴方は何のために使うの? みんなを救いたいため?
お金が欲しいから? 大好きな人を救いたいから?」
「わ、私は・・・」
「私ね。もうすぐ死ぬのよ。遺伝子の欠陥だって。だからね、証を残そうって考えたのよ。例え誰にどう思われようと。私は証を残すという欲望に取り憑かれたのよ」
「吾輩は運命を調理する力が欲しかった。力に対する欲望が吾輩をサモンディスクへと導いたのだ」
「貴方は何のために使うの?」
猛吹雪の中でジュエルは固まってしまった。
サモンディスクを使おうと思ったのはほんの偶然からであって目の前の二人ほど強い意志があったわけではなかった。
「私は・・・・」
ジュエルの脳裏に二人の男の顔が浮かんだ。
ジュエルの脳裏の中でジャンクとデュオが微笑んでいた。
「私は苦しむ顔を見たくないから! みんなの苦しむ顔を見たくないから!だからっ!!」
ジュエルの言葉にクリオラはゆっくりと微笑んだ。
「ダイゼン。終わらせましょう・・・・」
「うむ、少女よ覚悟せい」
二人の強い意志のこもった言葉を受けてジュエルは身構えた。
《アイアンシェフ》が周囲の雪を斬り裂き続け《スノードロップ》が斬り裂いた雪をある形へと変えていった。
「これが二人の最高の形。スノードラゴンよ」
其処にいるのは雪で出来た巨大な竜だった。
竜は咆哮をあげるとジュエルに向かって歩き出した。
ジュエルは竜の迫力に思わず後ずさった。
「パパ・・・デュオさん・・・」
ジュエルは無意識の内に両手を組んだ。
そして、何かに祈った。祈り続けた。
そして、一人の少女が応えた。
「《サイレントディーヴァ》!?」
ジュエルを庇うように立ったのはジュエルのサモンディスク《サイレントディーヴァ》がフォトン粒子を形成させて作り上げた少女だった。
少女は全身を震わせながらも健気にジュエルの前に立った。
「無茶よ。離れてぇ!」
少女は頭を激しく横に振った。
ジュエルは後から少女を庇うように抱きしめた。
(神さま。私はこの子を助けたいです。私に・・・・)
そして、叫んだ。
「私に力をっ!!」
眼前にまで迫った竜が急に歩みを止めた。
『《サイレントディーヴァ》開放神化《G・O・D》起動』
「ジー・オー・ディー!?」
アイテムボックスから流れた聞き覚えのある女性型機械音声の言葉と共に光り輝く粒子がジュエルと少女を柔らかく包み込んだ。
「・・・これは一体?サモンディスクが進化したとでもいうの?」
「むむむ。これは一体?」
クリオラとダイゼンが困惑する中、二人の目の前で少女が静かに目を開いた。
美しい碧眼を見せた少女は光り輝き成長した。
「女神様?」
ジュエルの前に立っていたのは女神としか形容し難い白い法衣を着た絶世の美女。
「《G・O・D》あの人達を止めてっ!!」
少女のスタイルの《サイレントディーヴァ》から絶世の美女へと変化した《G・O・D》の口から美しい歌声を放った。
「これは一体・・・」
クリオラは呆然と呟いた。《G・O・D》の歌声と共に周囲に光が溢れ、その光りに当たった竜と周囲の雪は静かに穏やかに光の粒子へと変わっていった。
「何て優しく暖かな光だ・・・・」
「とうとう覚醒しおったな。まさかあの嬢ちゃんがのぉ」
クリオラとダイゼンの後から声音が響いた。
「お主は吾輩達にディスクを渡してくれた・・・・・」
一見すると人の良さそうな好々爺を思わせる老爺が二人に向かって微笑んだ。
「もう、あんた達は用済みじゃ。死になされ」
クリオラとダイゼンの身体が四散した。
一瞬で黒い粒子へと変わっていった。
「うそ・・・・」
光の粒子が舞う中、ジュエルは二人が四散した光景と老爺の顔を見て絶句した。
目の前の老爺こそジュエルのサモンディスクの回収を依頼した人物だからである。
「おじいちゃんって一体・・・・」
「ホッホッホ。サモンディスクの開発者にして、この世の神になる人物じゃ。我が后よ」
「俺の目の黒い内は娘は誰にもやらんっ!!」
言葉と共に光の粒子が左右に分かれた。光が大気を走り、老爺が発生させたと思われる障壁に激しく激突した。
ジュエルの網膜に映ったのは見覚えのある鋼の龍。
「刃龍!?ということはまさか・・・・」
ジュエルを庇うように立つのはジュエルの父親でありデュオと良く似た姿のヒューマーのジャンクだった。
「パパァ!!」
ジュエルは思わずジャンクの背中に抱きついた。
「良く頑張ったな。後とは俺に任せておけ」
ジュエルの頭を優しく撫でながらジャンクは優しく微笑んだ。
「感動の再会はこれを見てからにして欲しいのぉ」
老爺の頭上に巨大な黒い球体が出現したかと思うとそこに展開された光景にジュエルとジャンクは目を疑った。
「デュオッ!!」
ジュエルとジャンクの目の前に真紅の十字架に張り付けられたデュオの姿があった。
「こ奴を死なせたくなくばワシと一緒に来ていただきたい」
拒否権は二人になかった。
「何処へだ?」
「神が誕生し我が后を迎える聖堂じゃよ」
震えるジュエルの肩をそっと抱きながらジャンクは微笑んだ。
「ホッホ。美しき親子愛じゃて、のぉ、義父殿?」
「次にその言葉を吐いたら瞬時にお前を殺す」
仲間を人質に取られてジャンクはキレる一歩手前だった。
その上、娘を勝手に后と呼ぶ奴は言語道断。瞬殺決定だった。
「何でダイゼンさんとクリオラさんを殺したのっ!!」
「后は使用済みのゴミを何時までも取っておくタイプかのぉ?」
言葉の意味を理解したジュエルは絶句した。
かつてない激しい怒りと憎しみにどうにかなってしまいそうだった。
そんなジュエルの気持ちを知ってか知らずか老爺は声をあげて大きく笑ったのだった・・・・。
老爺が出したリューカーディスクによって転送された先は正に聖堂の名に相応しい荘厳な施設だった。
研究施設と言うより何処か宗教めいた施設に見える。
「ここか?」
ジャンクは前を歩く老爺に問いただした。
「そうじゃよ。ここが二十三枚のサモンディスクが誕生した場所じゃよ」
「パパ・・・」
愛娘のジュエルはまだ微かに震えていた。
「大丈夫だ。俺が何とかしてやるからな」
「さぁ、着いたぞい。ここが『合一の間』じゃ」
老爺が『合一の間』と呼んだその場所は中央に巨大な円形の鏡が置かれた部屋だった。かなり広い。
「さぁ、来てやったんだ。デュオを離せ」
ジャンクは一歩前に踏み出した。
少しでも老爺が隙を見せれば何時でもサモンディスクを起動させる気だった。
「まぁ、待ちなされ。お前さんは興味ないのかね?サモンディスクの謎が?」
「興味ない」
ジャンクの言葉に老爺は目をむいた。
「俺が興味あるのは、どうやってお前を倒すかということと、お前の泣きっ面を拝むことだけだ」
ジャンクの言葉に老爺は微苦笑した。
「やれやれ、じゃて・・・」
老爺が右指で音を鳴らすと黒い球体が出現。
中から真紅の十字架に張り付けにされたデュオが姿を現した。
「本当に《ナイト・ウォーカー》という奴等は面白い。こ奴のDNAから面白いモノが出てきたわい」
ジャンクの歩みが止まった。
「面白い?」
「こ奴から人為的な強化遺伝子が検出されたのじゃ。ワシが推測するにこ奴はな真の姿を隠しておる。まぁ、ワシには関係ないことじゃがな」
「さて、こ奴の命が惜しかったら素直にワシの指示に従え」
「だとよ?」
ジャンクの視線はデュオに注がれていた。
「そうみたいですね」
まるで何事もなかったかのようにデュオは張り付けにされたまま
微苦笑した。
「サモン・コール」
『ユーザー名デュオ確認。サモンディスク《バシリスク》起動』
次の瞬間、デュオを張り付けにしていた真紅の十字架が一瞬で石化し砕け散った。
「何故じゃ?何故、ワシの呪縛から逃れた?!」
「簡単ですよ。私は貴方にワザと捕まっていただけですよ。あそこで戦っていたらカフェに被害が出ますし、折角の標的の行方がまた判らなくなりますからね」
デュオはシレッと答えた。
デュオの口調にジャンクは思わず吹き出してしまった。
デュオが振り向くとジュエルも必死に笑いを堪えている最中だった。
「これで、お終いだな、爺さん?」
「いい気になるなよ、若造共。
ワシのサモンディスクの力、思い知れっ!!」
「サモン・コール」
『ユーザー名ゴルディ確認。サモンディスク《クリムゾンホワイト》起動』
老爺。ゴルディの前でフォトン粒子が集束形勢を開始した。
集束形勢が終わりそこに現れたのは右半身が真っ白で
左半身が真っ赤な男性型のマネキン人形だった。
「こいつが《クリムゾンホワイト》!?」
「そうじゃ。この《クリムゾンホワイト》は人の歴史そのもの。血の歴史の赤に平和の歴史の白。人類を誅する神のディスクなのじゃよ」
「サモン・コールッ!!」
『ユーザー名ジャンク確認。サモンディスク《刃龍》起動』
ジャンクの頭上に鋼の龍。《刃龍》が出現した。
「人に造ってもらった神さまなんざお笑いぐさだぜっ!!」
ジャンクの言葉と同時に光が大気を裂きゴルディに向かって走った。
「無駄じゃよ」
《クリムゾンホワイト》が発生させた障壁によって《刃龍》の攻撃は弾かれてしまった。
「《バシリスク》ッ!!」
デュオの言葉を受けて《バシリスク》の全身から《クリムゾンホワイト》に向けて衝撃波を放った。
障壁が一瞬で石化した。
「うぬぬ。障壁を石化させるとは」
ゴルディは《クリムゾンホワイト》が放った衝撃波によって石化した障壁を破壊すると同時に叫んだ。
「いい気になるなよ。この《クリムゾンホワイト》の真の力、思い知らせてやるわい」
『《クリムゾンホワイト》源神化《アダム》起動』
ゴルディの懐から聞き慣れた女性型機械音声が響いた。
声に反応するかのように《クリムゾンホワイト》が紅白のマネキンから銀色のマネキンへと姿を変えた。
「《アダム》・・・まさかっ!!」
デュオの狼狽した声音にゴルディは不敵に微笑んだ。
「そうじゃよ。お前さんが予想している通りじゃ」
「どうした、デュオ?」
「あの人は合一神化・・・この世で常世の肉体を持つ者と融合して神格化するつもりです。恐らくはジュエルさんのサモンディスクとでしょう・・・」
「流石は《ナイト・ウォーカー》じゃな。后のサモンディスクは二十三枚の中で唯一《G・O・D》へと神化したからのぉ・・・」
「サモンディスクは神への触媒。全ては《アダム》と《G・O・D》を生むため。ワシはこれから《アダム》と《G・O・D》を融合させ我が肉体へと取り込む。后にはワシとの間に新たな人類を生んでもらおう・・・・」
《アダム》の両眼が赤く光った。
『《サイレントディーヴァ》開放神化《G・O・D》起動』
「えっ、嘘っ!?起動させてないのに!?」
ジュエルの目の前に現れたのは見覚えのある美女。
《サイレント・ディーヴァ》が神化した姿。《G・O・D》の化身とも言える絶世の美女だ。
「さぁ、《G・O・D》よ。この《アダム》と合一化しワシを神へと神化させよ」
《G・O・D》に向かって手を差しのべるゴルディの右側面からジャンクが左側面からデュオが同時に襲いかかった。
《刃龍》と《バシリスク》はほぼ同時に《アダム》に襲いかかった。
しかし、次の瞬間にはジャンクとデュオはジュエルのいる遙か後方へと吹き飛ばされ、《刃龍》と《バシリスク》も《アダム》の放った衝撃波によって同じく吹き飛ばされていた。
「パパ、デュオさん!!」
「観念せい。この《アダム》は全ての命を支配下に置くことが出来る。お主等は絶対ワシに傷を付けることができんのじゃよ」
「道理でな・・・」
吹き飛ばされたと言うよりも自分から吹き飛んだに近い感覚に襲われていたジャンクは今のゴルディの説明で納得した。
「デュオ、これからどうする・・・?」
ジャンクは何気なくデュオへと視線を移した。
デュオは《G・O・D》の顔を見て驚きの表情を浮かべていた。
「そんな・・・・」
「どうした、デュオ?」
「義父殿、無理もないことよ。サモンディスクは元々ある一人の《ナイト・ウォーカー》を
遺伝子レベルにまで解体したモノじゃからな。大方、知り合いか何かなんじゃろう・・・」
「まさか・・・」
ジャンクとジュエルの顔が青ざめた。
「さぁ、《G・O・D》よ。こちらへ・・・・」
ゴルディの言葉が半ばで止まった。
《G・O・D》が自分を哀憐を秘めた瞳で見つめたからだ。
その瞳は明らかに意思ある者の瞳だった。
『デュオ様・・・』
《G・O・D》の口から放たれたのは美しい旋律ではなく可憐な声音だった。
「フィアか・・・?」
『はい。デュオ様の元許嫁のフィアで御座います』
《G・O・D》の言葉にジャンクとジュエルは絶句。
デュオは何ともやりきれない表情を浮かべた。
「《バシリスク》の顔を見た時からそうではないかと思っていたが・・・」
「デュオ、どういうことだ?」
「彼女は家同士が決めた元許嫁です。一度顔見せした程度でその後、こちらから破談にしました・・・・」
『それでも、私はデュオ様を諦め切れませんでした。しかし、そこの老爺に捕まってしまいこんな姿に・・・・』
《G・O・D》から今やフィアとなった美女はデュオに向かって微苦笑を浮かべた。
「フィア・・・」
『この姿になって私は貴方と会うことが出来ました。そう言う意味では老爺と運命の悪戯に私は感謝しています。デュオ様、今から全てのサモンディスクを消滅させます・・・・』
「待って、それじゃ、貴方は?」
ジュエルが詰め寄った。フィアは苦笑すると頭を横に振った。
『私は既に死んだ存在。ジュエル様、ジャンク様、お元気で・・・・』
デュオはフィアに歩み寄ると自分の唇をフィアの唇と重ね合わせた。
「私は永遠を刻む者。再び転生した時は私は必ずお前の傍にいるだろう」
『フフッ、嘘がお上手ですね。でも、嬉しいです・・・それでは・・・私の愛した人・・・・い、生きて下さいね・・・・・・・』
微笑むフィアの姿が光の粒子となった。
後を追うように《刃龍》が《バシリスク》が《アダム》がそれぞれ光の粒子となって散っていった。
「バ、バカな・・・何故だ?何故だ?」
「お前は命を道具としてしか見られなかった。命を見下したのがお前の敗因だ。俺はお前を決してゆる・・・・」
ジャンクの言葉の半ばでデュオが一歩踏み出した。
「ジャンクさん。ジュエルさんを連れて一足先に帰って下さい。私は・・・私は・・・」
ジャンクは黙って頷くとリューカーディスクを起動させた。
「デュオさん・・・」
ジュエルに向かってデュオはただ黙って頷くだけだった。
デュオは二人が立ち去ったのを確認すると大きく息を吸い込んだ。
「私は生まれて初めて心の底から人を殺したいと思いました。私は・・・いや、俺はお前を許さないっ!!」
ゴルディは目を見開いた。
黒い粒子がデュオの全身を繭のように包み込む。
程なくして、繭を破るようにしてソイツは姿を現した。
白い肌。
真紅の両眼。
地面にまで長く伸びた金髪。
黒い粒子が集束形成して出来た黒いロングコート。
そして、背中には全身を覆い隠せそうな巨大な悪魔の羽が生えていた。
ゆっくりと近付いてくるソイツにゴルディは成す術なくその場に座り込んでしまった。
「さぁ、カーテンコールだ・・・」
冷酷なその口調にゴルディは自身の浅はかさを呪いながら静かに両眼を閉じた。
ジャンクとジュエルがカフェに戻ってから一時間程してデュオが戻ってきた。
衝撃的な展開に二人はデュオにかける言葉が見つからなかった。
「フィアは幸せだったんでしょうか?」
デュオが静かに口を開いた。
「それはお前のこれからだと思う。お前が彼女の遺言通りに生き続けることが彼女の幸せと証だと思う」
ジャンクは頭を掻きながら答えた。
「どうやら、私の運命は私を生き続けようとする道ばかり選んでしまうようですね・・・・」
デュオはゆっくりと二人に向かって微笑んだ。
「デュオさん・・・」
その微笑みを見てジュエルは大きく息を吐いた。
「デュオ」
「はい?」
「今日はとことん付き合うぜ」
「・・・・お手柔らかに」
ジャンクの微笑みにつられてデュオも微笑んだ。
二人の微笑みを見てジュエルは微笑みつつ心の中でフィアの安らかな眠りを何時までも祈り続けた・・・・・。 |