ドアが勢い良く開いた。
乱暴にドアを開けたのは一人の少女だった。白い肌に銀髪の美少女だ。
少し大きくゆったりとした白色の法衣を着た彼女は、大きな買い物袋をテ−ブルの上に乱暴に置きながら目の前の椅子に優雅に足を組みながら座る男に声をかけた。
「リオン、最悪よ」
「いつものことだろ、ルカ?」
男は人であって人でない。彼は肉の身体を捨てたからだ。金属の身体を持つ彼はヒュ−キャストと呼ばれるアンドロイドだった。
リオンは目の前にいる少女に優しく声をかけた。
それでも、ルカと呼ばれた少女は不機嫌そうだ。
「何で、いつも、いつも、そうなのよ。
しつこいったらありゃしない!」
「まぁ、ルカはモテるからね」
リオンは微苦笑した。
ヒュ−キャストの彼の目から見てもルカの容姿はかなり可愛い。
ルカはここ惑星間移民航行船パイオニア内でちょっとした有名人だった。
もちろん、その理由はそこいらのバ−チャルアイドルを一蹴してしまうほどの可憐な容姿をしているためだ。
ルカはパイオニア内でフォマ−ルと呼ばれるハンタ−の一人でかなりの凄腕の持ち主なのだがその辺はあまり有名ではなかった。
携帯メ−ルボックスを一杯にしている警告ランプにウンザリしながらルカは大股にリオンに詰め寄った。
「リオンは悔しくないの?」
「何故?」
リオンの即答にルカは狼狽した。
ルカは今から七年前にリオンに拾われた。
ルカの両親は腕利きのハンタ−だったが、ある日、惑星ラグオルに調査員の護衛依頼で降りて以来、生死不明となってしまった。
突然両親を失い意気消沈し茫然自失となっていたルカを拾ったのが当時、凄腕のハンタ−としてまた、白銀色の身体から“銀獅子”の異名を持ちルカの両親とも
深い親交持っていたリオンだった。
それ以来、ルカはリオンの保護下で暮らしていた。
最初は養父として慕っていたものの気が付くと一人の男として想いを寄せていた。
毎日それとなくアプロ−チしているもののリオンの生来の鈍さか、それともわざと無視しているのか全く気付いていなかった。
その態度がルカにとっていちいちカンに触るのだった。
「もう、ちょっとは嫉妬しても良いんじゃない?」
「私と君は立派な親子だろ? 全く何時まで経っても親離れ出来ないな・・・」
「私は!」
「・・・・私は?」
ルカは言葉に詰まった。
ダイレクトに告白しても良いのだが断られることを考えると今一踏ん切りがつかなかった。
「もう知らない!」
激しく地団駄を踏みながらルカは乱暴に部屋を出て行った。
「ルカ・・・」
呆気にとられながらもリオンはルカの名前を呟いた。
「アイツ、何を怒っているんだ!?」
彼女がキレた原因が自分にあるとは思いもしないリオンはゆっくりと溜息をつきながら彼女の後を追った・・・。
「あの、鈍亀っ!」
ルカは激しく歯ぎしりした。
確かにアンドロイドに恋するのは異常なのかも知れない。
しかし、ルカは自分の想いに嘘をつきたくなかった。
「それにしても・・・」
各施設へと通じるパイオニア総合ステ−ション前広場の椅子に腰掛けながらルカはふと携帯メ−ルボックスを開いた。
「何これ・・・・」
ルカは絶句した。
彼女の携帯メ−ルボックスを一杯にしていたのは、たった一人の差出人のメ−ルだったからだ。
「気持ち悪い」
軽い吐き気を覚えながらルカはその内容を見ることなくメ−ルを全て消去した。
「何でかな。伝わりたい奴には伝わらなくって・・・・」
「やってられない」
頭を掻きながらリオンの待つ家に帰ろうとしたルカは一歩踏み出した所で急に立ち止まった。
自分の身体が刺すような殺気に襲われたからだ。
「一体・・・」
ルカの呟きと共にルカの周りにいきなり四つの影が降ってきた。
「シノワッ!!」
降ってきた影の姿を見てルカは絶句した。
影の正体は機械仕掛けの忍者。
シノワブル−と呼ばれるラグオル坑道区画に出現するエネミ−の一匹だった。
ルカは一気に駆けた。
肉弾戦でシノワ四匹に勝つことはフォマ−ルである自分には至難の業だ。ここは逃げるが勝ちである。
「ラ・フォイエ!」
火系最大級テクニックであるラ・フォイエを正面のシノワに浴びせると同時にそのシノワの脇を抜けようとした。
「ええっ??」
次の瞬間ルカは呆気にとられた。
ラ・フェイオの爆炎に巻き込まれたはずのシノワがいつの間にか自分の目の前にいたからだ。
何者かが強化したとしか考えられなかった。
次の一手を繰り出そうとした瞬間、シノワの右拳がルカの腹部に突き刺さる。
ルカは一瞬で気を失った。
気を失ったルカをシノワはゆっくりと担ぐとその場を後にしようとした。
「待て」
男の声音と共に最後尾のシノワが両断された。
爆風に巻き込まれないため残ったシノワは振り返りつつ後へ跳躍。
爆炎の中から白銀色のヒュ−キャストがゆっくりと歩み出る。
「そいつは私の大切な娘だ。返してもらおう」
リオンの声音が残響を残して響き渡った。
ヒュ−キャストの身体能力の高さを最大限に生かした疾駆。
一気にシノワ達に肉迫。
「しっ!!」
突如空間から出現した大剣を掴むと迷うことなく水平に薙ぎ払った。
間一髪シノワ達はリオンの攻撃をかわすと一気に跳躍。
この場から本格的に退散しようとした。
リオンは逃げるシノワ達を追う。
シノワ達は調度ステ−ションを調度通過しようとしたエアトレインの屋根の上に移動。
「逃がすわけには!!」
リオンも目の前を走るエアカ−を踏み台にして跳躍。
エアトレインの最後尾の屋根の上に着地。
「さあ、返してもらおうか」
大剣を構えながらシノワ達との間合いを詰める。
高速で走るエアトレインは何事も無いかのように走り続ける。
シノワ達は一瞬顔を見合わせるとルカを担いだシノワが後退。
残りのシノワ達が左右に展開してリオン目掛けて襲いかかった。
「クッ!」
左シノワの右ブレイドが虚空を薙いだ。
リオンは左シノワの一撃を紙一重で回避すると同時に左シノワの左手を掴み零距離で大剣を突き刺した。
いつの間にか後に回り込んでいた右シノワが跳躍。
リオンの背後から襲いかかった。
リオンは大剣を突き刺さったままの左シノワごと背後に迫る
右シノワに向けて振り向きざまに投げ付けた。
突然の行動に一瞬混乱した右シノワに大剣と半壊した左シノワが襲いかかった。
そのまま大剣と左シノワに激突し右シノワは体勢を崩した。
次の瞬間。
リオンは常人では視認不可能な速度で駆け出し大剣を掴むと同時に
エアトレインはトンネル内へと突入した。
数秒後、エアトレインがトンネルから抜けると最後の右シノワが大剣によって両断され、爆散した。
「逃げたか。ルカ・・・」
リオンは静かに舌打ちした。
肝心のルカを担いだシノワに逃げられた。
勝負に勝って戦いに負けてしまった。
リオンは華麗にエアトレインから飛び降りると目の前の街灯を掴み一回転して優雅に地面に着地。
直ぐさま駆けた。
シノワが逃げた先を静かに見据えながら・・・・。
「う、ん・・・」
視界が徐々に戻る。鼻につく臭気でルカは覚醒した。
「ここは・・・」
覚醒したてでまだ朦朧とするが両手が後ろ手に縛られていることに気付いた。
「気が付いたんだね?」
振り向くと柔和というより下心ミエミエの卑しい笑みを浮かべる男が立っていた。
姿からしてヒュ−マ−と判断できるが突き出た下っ腹を見て、本当にヒュ−マ−か、とルカは訝しんだ。
「貴方、何者?」
「僕の名前はディレク・ガナメント。会いたかったです。ルカさん」
聞き覚えのある名前である。
それもそのはずルカの携帯メ−ルボックスを一杯にした変態の名前だったからだ。
「あの手紙は貴方が書いたの?」
「そうですよ。読んでくれましたか?」
「読んでいないわ」
ルカは間髪おかずに即答した。
「・・・あのシノワは貴方の回し者?」
ルカの刺すような視線にもディレクと名乗ったヒュ−マ−は何事も無いかのように微笑む。
いちいちカンに触る奴である。
「そうですよ。僕が坑道区画から回収してもらったシノワを僕専用の人形として改造したんです。ついでにカスタム化しましたけどね」
笑う度に下っ腹が揺れる。
とても自分のした行為を反省しているとは思えない。
ルカにとってそれは許されざる行為だった。
坑道区画の敵を自分の尖兵にするなんてとてつもない馬鹿か凶人しかいない。
一通り笑い終えるとディレクはゆっくりとルカに歩み寄った。
ルカは無意識に身構えた。
「ルカさん。僕と結婚しましょう。僕と一緒になったら今までの貧乏暮らしから抜け出すことが出来ます。それに、一生不自由はさせません」
その笑みは自信に満ちていた。
とても断られるとは考えていないようだ。
それだけでこの男がどの様な人生を送ってきたか容易に想像できた。
「嫌よ」
「何て仰いました?」
「イ・ヤ・ヨと言ったのよ。私はリオンとずっと一緒にいるんだから。さっさと帰して!」
ルカはディレクを睨み付けた。
一転してディレクは押し黙った。
「あの男ですね?」
押し黙ったその声は静かな怒りに包まれていた。
「あの男ですね?」
「・・・・・」
「あのヒュ−キャストのせいですね?」
「そうよ文句ある?」
「大ありですよ。アンドロイドに惚れるなんて・・・機械は所詮、人間の道具。それ以上でもそれ以下でもありません。確かに人形を愛でることは大切ですが・・・」
ルカは思わず呆けてしまったが直ぐさま一つの感情に支配された。
怒りだ。
「貴方よりましよ・・・」
左の頬に強い衝撃を受けた。
ディレクに平手を喰らわされてしまった。
「女に手をあげるなんて最低ね。リオンが言っていたわ。女に手をあげる奴は底の浅い人物だってね」
「どうやらあんたは他人の力をアテにする底の浅い変態ってことよ!」
「何だと!」
「じゃ、帰らせてもらうわ。ラ・フォイエ!」
ディレクとルカとの間の床が爆ぜた。
大穴の空いた床に迷うことなく飛び込んだ。
「クッ、待て!」
「待てって言われて待つ奴はいないわ」
尻餅をつきつつもルカは直ぐさま立ち上がると自分を縛っている荒縄を指先から出した炎で焼き切った。
「リオンに会わないと・・・」
ルカが落下した部屋の扉に手をかけた瞬間、後から斬り裂くような殺気を感じた。
今までとは異質の殺気だがルカはこの際無視することにした。
気を失って今まで気付かなかったがディレクの家はかなり広い。
今では貴重な木工製品を使用した家具が置かれていることから相当な金持ちだと判るがこれ程までの金持ちはパイオニア2内でも極一部しかいない。
「とっとと出なくちゃ・・・」
言葉の半ばでしゃがんだルカの頭上を何かが通過した。
反射的に前転してるかは後ろを振り返った。
そこには全身紫色をした巨大なシノワが立っていた。
悪趣味、とルカは呟いた・・・・。
ルカは我知らず後ずさった。
「この僕の最高傑作シノワパ−プルを悪趣味と罵るなんて・・・・」
シノワパ−プルの背後から変態ヒュ−マ−、ディレクが姿を現れた。
既に勝ち誇った笑みを浮かべている。
「気にくわないわね」
「降参して下さい。今なら十二番目の愛玩動物として飼育してあげますよ」
ルカの中で何かがキレる音がした。
女を愛玩動物としてでしか見られない変態にルカは殺気を押し殺すことが出来ない。
「十二番目?その前の人達はどうしたの?」
「殺しましたよ」
「なっ?!」
「だって、使い物にならなくなったんですよ?全く、ひ弱なんだから・・・」
「変態」
ルカは抑揚のない声で呟いた。
もう、自分を押さえることが出来そうにない。
「加えてチビデブ・・・・」
ルカは嘲笑った。この場に都合良くリオンが現れるわけがない。
そして、パ−プルの戦闘能力は確実に自分を凌駕している。
どの道死ぬのなら少しでもディレクを不快な思いをさせてから死にたかった。
「この僕をチビデブだと!変態とは何だ!」
「だって事実じゃない。貴方、容姿もリオンに負けてるし・・・・」
「この女・・・黙っていれば・・・・」
「やれ、パ−プル。あの女を殺せ!」
パ−プルが疾走。
フォマ−ルでは視認不可能な速度にルカの反応が一瞬遅れる。
致命的な一瞬の遅れ。
パ−プルの刃がルカの喉元に襲いかかった。
(リオン・・・・・・・・)
ルカは死を覚悟し両眼をゆっくりと閉じた。
「なっ!?」
驚きの声をあげたのはディレクだった。
いきなりパ−プルが何かに激突し横殴りに吹き飛んだのだ。
ルカはゆっくりと両眼を開けた。
そこには銀色の獅子がルカを庇うように立っていた。
「遅れて済まない・・・」
「リオンッ!!」
ルカは反射的にリオンの背中に抱きついた。
「さぁ、あの化け物を倒すぞルカ・・・・二人でなっ!!」
「うん」
言葉と共にリオンは疾駆。
銀色の疾風と化したリオンが迷うことなくパ−プルの左腕を斬り裂いた。
リオンは間髪おかずパ−プルをルカに向かって蹴り飛ばした。
「ラ・フォイエ! ラ・バ−タ!」
火と氷系最大級テクニックが連続してパ−プルに襲いかかった。
膨大なエネルギ−がパ−プルに炸裂。
再びパ−プルがリオンに向かって吹き飛んだ。
「これで、終わりだっ!!」
リオンは大剣を正眼に構えると一気に振り下ろした。
高熱と冷凍攻撃に連続して襲われたパ−プルの身体は一気に金属劣化を起こしていた。
「ハァァ!」
大剣が煌めく。パ−プルの身体が呆気なく両断された。
「馬鹿な・・・僕のパ−プルが瞬殺されるなんて・・・まさか、リオン・・・あの《ナイト・ウォ−カ−》デュオの相棒にして銀獅子のリオン?」
放心状態で呟くディレクの腹部にリオンは一撃を与えて昏睡させた。
「リオン、どうしてこの場所が?」
「簡単さ。お前を襲ったシノワを追いかけたら高級住宅区画に出てな。しばらく探していたら大きな爆発音がしたってわけさ」
リオンはルカの頭を優しく撫でた。
「さぁ、こいつを警察に渡して帰ろうか?」
「うん♪」
ルカは上機嫌だった。
かつて自分がチャレンジ区画で死に物狂いになって獲得し、リオンにプレゼントした大剣を使ってくれたことが嬉しくてたまらなかった。
「いつか、絶対、振り向かせてやるんだから」
リオンの後ろ姿を見つめながら呟くと気合いを新たに後から再びリオンに抱きついた。
この後、二人はパイオニア2を恐怖のどん底に叩き落とす『ナイトメア事件』を解決に導きハンタ−達から『双頭の銀獅子』と呼ばれるようになる。
そして、パイオニア2史上初となるヒュ−キャストとフォマ−ルとの結婚を果たすこととなるのである・・・・。 |