黄昏の吸血鬼

片桐 / 著



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小中高一貫教育で有名な私立剣が峰学園。
白亜の宮殿を連想させる学園本校舎の屋上で濃紺の背広を着た一人の青年が立っていた。
 
金髪碧眼の一見すると日本国内で活躍する外国人モデル然とした長身痩躯な美声年は転落防止用に張り巡らされたフェンス越しに夕日を眺めていた。
 
全てを紅く染める夕日を青年は美しいと思った。

「夕日は美しい、と貴方もそう思いませんか?」
 
青年は流暢な日本語を放ちながらゆっくりと振り返る。
 
いつの間にか青年の背後に一人の少女が立っていた。
 
剣が峰学園女子の制服である濃紺のセーラー服を着た少女は青年をジッと睨んだ。
 
整った鼻梁、凛々しすぎる瞳、膝にまで掛かる長い黒髪、凡庸な男よりも余程男らしく凛々しいこの少女を青年は知っていた。
 
新堂沙希―――この学園内で彼女の名を知らぬ者はいない。
 
剣が峰学園一の才女。頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗、実家は日本有数の資産家である名家の新堂家。正に完全完璧な超お嬢様である。
 
青年はその沙希に「放課後屋上に来るように」と言われた。
 
普通の男なら要らぬ期待を抱いても不思議ではない場面だが、沙希の全身から噴き出す禍々しい殺気がそうでないことを如実に物語っていた。

「是流。今回の連続失踪事件は貴様の仕業だな??」
 
沙希の凛とした言葉が屋上に響いた。
 
青年―――是流・ヴェラードは学園内で英語を教えている高校教師。
 
教え子である沙希の言葉に微笑を浮かべながら答えた。

「シンドウさん。あれは私の仕業じゃないですよ・・・・・」
 
沙希が聞く耳を持っていないこと承知で是流は反論した。

「嘘だな。あの、鮮やかな手並みは高位吸血鬼の貴様でしか出来ない芸当だ」
 
予想通りの答えに是流は肩をすくめた。
 
彼は人の血を糧にする鬼。
日光の下でも歩ける等、多少の誤差はあれども人々の夢想の中で生きる吸血鬼そのものだった。
 
是流は微苦笑を浮かべる。

「貴方はもう私と闘う気なのでしょう? それでしたら何を言っても無駄ですね・・・ですがあえて言わせて貰います。私はやっていません」
 
一瞬にして是流の雰囲気がガラリと変化した。
 
常にどことなく『ポヤーン』とした雰囲気を持っている是流だったが、今、この場所に居る是流は鋭く研磨された刃のような殺気を放つ別人だった。

「覚悟!」
 
沙希は一気に地を蹴る。
 
懐から匕首のような小刀を取り出し右手に持つと小刀を逆手に持って是流に肉迫した。
素早く一切の無駄が排除された芸術的な斬撃が是流に襲い掛かった。
 
常人では視認不可能な斬撃の嵐を是流は微笑を浮かべたままかわし続けた。

「なるほど、見事な攻撃です。貴方は、対《妖物》殲滅機関―――内閣第一〇八特別分室のエージェントですね?」
 
是流の言葉に沙希は不敵に微笑んだ。
修羅場を知り尽くし、その中を生き抜いた者のみが浮かべられる凄絶な微笑だ。
 
沙希の持つ小刀を見ながら是流は秘かに舌打ちした。
(あの武器はオリハルコンとミスリルの合金製・・・伸縮自在で・・・厄介ですね・・・・)
 
沙希の手にしている小刀は、遠距離では長刀に、中距離では小太刀に、近距離では小刀へと自在に変化した。
 
おかげで間合いが測り難かった。

「流石に・・・」
 
止むことのない斬撃に流石の是流も飽きてしまった。
 
―――時間がない。
 
数回フェイントの斬撃を見せながら沙希は間合いを離すと一気に小刀を振り下ろした。
 
精神感応金属オリハルコの特性を持つ刀身が沙希の意図に応えるように伸びた。

「もらった」
 
必殺の一撃。
沙希は勝利を確信するも、その確信は直ぐさま驚きへと変化した。
 
是流が右人差し指と中指で小刀の伸びた刀身を挟んでいたのだ。

「タイムオーバーです。どうやら、私のお客様が来たようです」
 
刃を放しながら是流は沙希に向かって駆け出した。

「!」
 
沙希は反射的に小刀を振り上げた。
 
白刃が斜陽の光を受けて鈍く煌めいた瞬間、是流の左肩がバックリと裂けた。
 
是流はそれに怯むことなく沙希に肉迫すると強引に彼女を抱き抱えて飛んだ。
 
それと交差するように沙希の居た場所に何かが飛来した。

「あれは、まさか・・・」
「初めて見ますか?あれが《デキソコナイ》です。吸血鬼が同胞の血肉を喰らって自己崩壊を起こして暴走状態に陥った哀れな姿です。『ヒト』でもない『バケモノ』でもない中途半端な『デキソコナイ』なのですよ・・・・」
 
十数メートルも飛翔した是流の腕の中で沙希は《デキソコナイ》を凝視した。
 
紫色に変色した全身に、背中には蝙蝠のような羽が生え、真紅に光るその双眸が怪しく、そして凶暴に光り輝いている。
顔つきから三十代後半の男だと沙希は推測した。
 
ボロボロになったグレーの背広から鋼のように引き締まった筋肉が垣間見える。
それだけで《デキソコナイ》の高い身体能力が窺えた。
 
《デキソコナイ》の数メートル前に着地した是流は沙希をゆっくり降ろすと、右手をバックリと裂けた左肩へと当てた。
 
傷は思いの外深かった。
やはり、魔を退ける特性を持つ金属ミスリルの特性をも兼ね揃える小刀の一撃によって負傷した傷は再生が思うように進まない。

「お前・・・・」
 
沙希は再生中の左肩の傷から流れ出る真紅の鮮血を見つめながら顔を蒼くした。
 
是流が自分を抱き抱えて飛翔しなければ今頃自分は《デキソコナイ》の一撃を受けていただろう。
下手をすると致命傷を喰らっていた可能性もあった。
 
―――自分が是流を倒そうしたとき、是流は既に自分を救うことを考えていた。
 
そう考えると沙希の身体は自然と《デキソコナイ》へと向かって駆け出していた。
 
沙希は無我夢中で小刀を振るう。
 
《デキソコナイ》は四肢を両断され死んだ、と沙希は予想した。

「なっ!?」
 
視線の先に小刀の伸びた刀身を無造作に掴んでいる《デキソコナイ》の姿があった。

「メシ・・・クウ・・・」
 
辿々しい言葉と共に《デキソコナイ》は沙希の頭部目掛けて左手を振り上げ、卑しい笑みを浮かべながら振り下ろした。
沙希の両耳に猛烈な風切り音が響く。
 
沙希は呆然と宙を舞う《デキソコナイ》の左腕を見つめていた。
 
そして、一瞬の間を置いて是流が自分の真後ろから右手で《デキソコナイ》の頭部を掴んでいることに気が付いた。

「同胞の肉を喰らうという禁忌を犯すばかりか、私の可愛い生徒に手を出すとは・・・・この行為、万死に値する!」
 
そして、次の是流の言葉を聞いて沙希の思考は一瞬にして真っ白になった。

「我が《四源》の流れ・・・・我は森羅万象全ての『理』を分解再生させる・・・・」
 
是流の言葉に呼応するかのように《デキソコナイ》の全身が一瞬にして塵へと変化した。

「まさか・・・お前が、あの、《四源吸血鬼》なのか・・・?」
 
沙希は震える声で是流に問い掛けた。
 
《四源流吸血鬼》。
この世の全ての吸血鬼達の祖にして母である最古源流吸血鬼マザー・マリアの吸血行為ではなく腹から生まれた四人の兄妹の総称。
 
一人で数千人分の吸血鬼の戦闘能力を秘める吸血鬼を前に沙希は全身を震わせた。
 
背後にいる吸血鬼の存在を感じて恐怖で身体が動かない。

「確かに私はマザー・マリアの息子《四源流吸血鬼》ですが、私は是流・ヴェラード。
ここ剣が峰学園に勤める高校教師で貴方の担任。それで充分じゃないですか」
 
是流の言葉を聞いて沙希の震えが止まった。

「《デキソコナイ》は身体を維持させるために大量の血肉を必要とします。特に吸血鬼の血肉を。ですから、私は《デキソコナイ》が私を見つけるまでに貴方を何とかしたかった」
 
沙希は恐る恐る振り返った。
 
是流は半ばまで沈んだ夕日を見ていた。

「あの事件は先ほどの《デキソコナイ》の仕業・・・・私の勘違いだったのか・・・・」
 
沙希の「すまない」の言葉に是流は微苦笑を浮かべた。

「気にすることではありませんよ。貴方は貴方の職務を全うしようとした。それだけですよ、ね?」
 
是流の気遣いに沙希は素直に甘えることにした。

「変なヴァンパイアだな・・・・・・・」
 
沙希は苦笑した。
 
斜陽の光を受けながら是流の「私もそう思います」と微笑む是流の顔を沙希は純粋に美しいと思うのであった・・・。

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◆ あとがき ◆


オリジナル小説〜黄昏の吸血鬼〜は如何でしたでしょうか?
 
気に入っていただけたら幸いです。
 
毎度のことですが誤字脱字の類がありましたらスミマセン。
 
今回のオリジナル作品は以前カフェの掲示板でお知らせしたように勢いのみで書いた作品ですので、続編は特に考えていません。
 
まぁ、気が向いたらまた書くかも知れませんがw
 
設定だけなら考えているのですよ。
 
まぁ、かなりゲロ甘な話しになりますけどねw
それでは、ここまで読んで下さって有り難う御座いました。
 
では、次回作でw

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