島京妖斬伝

片桐 / 著



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右手首に巻いている腕時計から深夜二時を告げるアラームが鳴り響いた。
 
いよいよ決行の時である。
 
少女は大きく息を吸うとありったけの勇気を込めて目の前の古ぼけた扉を蹴破った。
 
薄暗い店内の照明を受けて鈍く輝く胸元のバッチは、少女がこの街の治安を護る警官の一人だということを告げていた。

「全員、動くなっ!!違法賭博容疑で現行犯逮捕するっ!!」
 
腰のホルスターから支給されている拳銃を引き抜くと少女は大声を張り上げた。
 
目の前には賭博に興じていた如何にも悪者然とした男達がひしめいている。
 
店内から失笑が漏れた。

「お嬢ちゃん。たった一人で来るとは良い度胸だなぁ。でも、ここはお嬢ちゃんが一人で来る所ではないぜぇ?」
 
少女よりも頭三つは大きい巨躯のモヒカン男が下世話な笑みを浮かべながら少女に躙り寄ってきた。

「んんっ!?良く見るとなかなかの上玉だなぁ・・・・」
 
モヒカン男の言葉に数人の男が首肯した。
 
少女は黒髪をショートボブにしたつり目が印象的な文句無しの美少女だった。

「お嬢ちゃん、ここに来たからには覚悟はしているんだよなぁ?」
 
モヒカン男の目つきが卑猥なモノへと変わった。
周りの視線もモヒカン男と同じような視線だった。
 
いつの間にか少女は囲まれていた。
 
少女は言葉の真意に気が付いてモヒカン男に向けて銃を突き付けた。
今まで人を撃った経験がないのか、少女の銃を握る手は酷く震えていた。

「本当に撃つわよっ!!」
「そんな手元で当たるものかよぉ」
「じゃあ、俺が撃ちます」
 
モヒカン男の後から声音が響いた。凛とした心地よい声音だった。

「んだと――――――――――――――――ぉ」
 
怒声を放ちながら振り向いたモヒカン男だったが次の瞬間には少女の頭上を飛び越えてカウンターに激しく激突して気を失ってしまったいた。

「・・・・と言ってもパンチなんですけどね」
 
少女の目の前に歩み寄ってきたのは黒コートが特徴的な全身黒衣姿の金髪碧眼の美丈夫だった。
 
青年よりも少年に近い容姿を持つ男を見て周りの男達が一斉に騒ぎ始めた。
 
『妖斬士』

誰が言ったかこの一言で店内はたちまちパニックになった。
 
数秒後の店内は青年と少女の二人だけとなってしまった。
気を失っていたはずのモヒカン男もいつの間にか消え失せていた。

「で、どうします?」
 
青年は少女に向かって声をかけた。
 
少女はあまりの展開に茫然自失となっていたがやがて正気を取り戻すと完結に一言。

「逮捕する」
 
言葉を聞いて青年は苦笑した。
 
手錠をかけられてしまった青年は店外に停められていた少女が乗ってきたと思われる白いミニカーの助手席に押し込まれた。

「犯罪者にこう言うのも何だけど・・・・・・助けてくれて・・・有り難う」
 
運転席に座りながら少女は青年に話しかけた。

「お気になさらず。貴方の勇気に敬意を。それにしても、このご時世で何で警官なんて流行らない仕事を?」
 
青年は助手席にゆったりと座りながら問いかけてきた。
 
少女は逃亡を警戒したがどうやら逃げる気はなさそうだった。

「助けてくれた礼に教えてあげるわ」
 
青年は優しげな笑みを浮かべながら「有り難う御座います」と呟いた。

「私のパパも警官だったの。強くて、格好良くて、優しくて、幼い私には無敵のヒーローだったわ。だから、私も大きくなったら警官になろって・・・それが理由よ」
「御殉職されたのですね?」
 
青年の言葉に少女は黙って首肯した。

「人質の子供を庇って犯人に撃たれたの・・・・」
「九〇年前に全世界を襲った大水災『リヴァイアサン』後のこの世界にそんな方がいたとは・・・都市国家『島京』も捨てたモンじゃありませんね・・・・」
 
青年の言葉に少女は何処か救われた気分になった。

「法と正義と命を愛する人だったわ。それに決して犯人を殺さなかった」
 
車のエンジンが唸りをあげる。
 
少女がアクセルを踏み込むと同時に車がゆっくりと動き始めた。

「しかし、政治家達が自己保身のためだけに整備した法律に正義はあるのでしょうか?」
 
車外の流れる景色を見つめながら青年は小さく呟いた。

「リヴァイアサンでこの世界の七割が海中に沈んで、多くの人が死んで、国が崩壊して、政治家共は更にモラルを失って、人々の心は荒廃を極めた・・・・確かに貴方の言うとおりかもね・・・・」
 
少女は小さく「でも」と呟く。

「まだ人としての正義は残っているはず・・・私は私の正義を貫きたい・・・・・」
 
青年は優しく微笑んだ。

「変ね。初対面なのに何でこんなこと話すんだろ?」
「おまけに犯罪者ですしね?」
 
手錠を見せながら青年は笑った。少女もつられて笑う。

「恐らく相性が良いんでしょう」
 
青年の真剣な言葉に少女の顔が真っ赤になった。

「ババババババ馬鹿なこと言わないでっ!!」
 
激しく動揺する少女を見て青年は更に笑った。

「それはそれとして、こっちも聞きたいことがあるんだけど。・・・・・妖斬士って何?」
「説明しても解らないと思いますよ・・・今から教えますから車を停めて下さい」
 
いきなりの言葉に少女は面食らった。

「貴方は犯罪者なのよっ!降ろせるわけないじゃないっ!!」
「お願いします」
 
青年の視線は少女を射抜いた。
 
少女の黙考の後に車が急停止した。

「貴方、根っからの悪者じゃなさそうだし・・・私も甘いな・・・・・」
「じゃあ、ついでにこれも預かっといて下さい」
 
青年が手渡したのは紛れもない青年にはめられていたはずの手錠だった。
 
少女が何か言おうとする前に青年は車外に飛び出していた。

「やっと見つけましたよ。先程は取り逃がしてしまいましたけど今度は逃がしません」
 
青年は人気のない路地裏へと入って行った。
 
数分遅れて少女も息を切らしながら追い付いた。
 
そこは路地裏の一角にあった廃ビルの一階大広間だった。

「あ、あれって・・・・」
 
青年と少女の視線の先には数十分前に少女に難癖を付けて青年に殴り飛ばされてしまったモヒカン男がいた。
 
少女は月明かりに照らされたモヒカン男の様子がおかしいことに気が付いた。
 
完全に両眼が白目を剥いていた。

「物は時として魂や自我を持つことがあります」
 
視線はモヒカン男を見据えたまま青年はゆっくりと話し始めた。

「それって、妖怪になっちゃうってこと?」
 
青年は首肯した。

「俺の家系は代々、人に仇なす『マガツカミ』を狩ることを生業としていました」
 
青年の言葉に応えるかのようにモヒカン男の体が大きく震え始めた。
 
モヒカン男の左肩が異常に膨れ始める。

「マガツカミに目覚めた物はその所有者の精神に取り憑き蛹化します。そして、期が熟したらあの様に孵化して、人々を襲い喰らい始めるのですよ」
 
全身の何倍にも膨れ上がった左肩を中から食い破るようにそのマガツカミが現れた。
 
一言で形容するならば巨大なウツボだった。
 
地面を力強く踏みしめる太く逞しい獅子の脚が三対六本も生えている巨大ウツボ。
 
少女は思わず地面に座り込んでしまった。

「じゃ、じゃあ、あのモヒカン男の何がマガツカミになったの?」
「大方、肉体強化のために移植した強化筋繊維でしょう。リヴァイアサンの影響かどうかは知りませんがあの後からマガツカミが異常に増えました。それこそ物だったらあらゆる物がマガツカミ化するようになりました・・・・」
 
マガツカミは大きく身震いすると青年を睨んだ。
どうやら最初の食事に決定したようだ。

「ど、どうするの?」
「下がっていて下さい。足手まといです」
 
青年の言葉に従って少女は後の柱の影へと避難した。
 
マガツカミが青年に向かって一気に疾駆。
大きく鋭い牙が青年を噛み裂こうとする。
 
青年はマガツカミの頭上を飛び越えるように跳躍。
牙は虚しく虚空を噛み裂いた。

「こちらの番ですね」
 
青年は空中で身を捻ると余裕のある着地。
右手の五指を広げ右斜め後方から左斜め上方へと一気に振り上げた。
 
銀光が煌めいた。
 
マガツカミの右脚三本が一瞬で横に五つ両断された。

「すごい・・・・・」
 
少女の率直な感想が我知らず口から出た。
 
その一瞬の攻防の間ずっと青年の華麗な動きに心奪われていた。

「アッ」
 
少女とマガツカミの視線が不意に重なってしまった。
 
マガツカミは咆哮をあげると器用に残りの脚を使って少女に向かって跳躍した。

「キャアァァァァァァ」
 
少女は叫びながら身を屈んだが一向にマガツカミが襲ってくる気配がなかった。
 
恐る恐る顔を上げるとマガツカミが空中で無数の線に絡み取られていた。

「糸・・・?」
 
マガツカミの全身に絡んでいるのは無数の糸だった。
無数の糸全てが少年の身に着けている右手の黒い革手袋から伸びていた。

「我が『妖斬糸』に斬れぬ物なし――――――」
 
青年が右手を素早く引くと同時にマガツカミに絡みついていた無数の妖斬糸がマガツカミを一気に細切れに斬り裂いた。
 
細切れになったマガツカミは一気に七色の粒子となって空中で霧散した。
 
少女は純粋にその光景を美しいと思った。

「これが妖斬士です。俺があそこにいたのは・・・・・」
「此奴を倒すためねっ!!」
 
少女に先を言われてしまい青年は苦笑しながら首肯した。

「店がパニックになったのは妖斬士の名前が勝手に一人歩きしているからですよ」
「一人歩き?」
「ええ、凄腕の暗殺者ですって」
 
少女は絶句した。

「昔、マガツカミを倒すために邪魔になったある組織を叩き潰したんですよ。まぁ、今にして思えばちょっとやり過ぎたかなって思いますけど。その時、妖斬士と名乗っちゃって」
 
軽快な口調から出る青年の言葉に少女の顔が見る見る青ざめていった。

「ま、まさか、貴方、あの、霞ハイネ?」
 
少女の問いに青年。霞ハイネは首肯した。
 
その名はここ島京最大の麻薬組織であったボルトオルネ一家をたった一人で叩き潰した正体不明の男の名前だった。
 
ハイネは倒れているモヒカン男を見て呟いた。

「あのマガツカミは倒したので此奴は喰われずに済みました。ですから、俺の変わりに此奴を逮捕して下さい」
 
ハイネはそのままビルの奥へと歩き始めた。

「待ってっ!!」
 
少女はハイネを呼び止めた。心なしか頬が紅潮していた。

「わ、私の名前は嵜山リンよ。覚えていなさい」
 
ハイネは返答の変わりに微笑む。

「また、会える、よね・・・?」
 
ハイネは即答する。

「会えますよ。貴方が貴方である限り俺と貴方の道は交わり続けることでしょう」
 
ハイネは小さく「何せ」と呟くと一言。

「私は犯罪者ですから」
 
そう言い残しながらハイネは廃ビルの闇の中へと消えていった。

「ハイネ・・・・」
 
リンは小さく呟いた。

「何時か逮捕してあげるから、ね」
 
破裂しそうなほどの胸の高鳴りを全身で感じながらリンは静かだが名前の通り凛とした声で固い決意を秘めながら呟くのだった・・・・。

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◆ あとがき ◆

如何でしたでしょうか?
オリジナル小説『島京妖斬伝』でした。
毎度のことですが誤字脱字その他諸々があったらスミマセン。
拙い文章と安直なストーリーでしたがお楽しみ頂けましたか?
「こんな終わり方かよ!?」と言う声が聞こえなくもないですがこの話は一応、これで完結です。(リクがあれば続編を考えても良いですが・・・・・・) 
 
申し訳ありません・・・・。
 
もし、よろしかったら感想下さい。
今後の作品の参考にしたいと思います。
 
それでは、ここまで読んで下さって有り難う御座いました。
 
ではw

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